音楽ストリーミングサービスの本当の問題は何か 2019年6月現在


あなたは音楽ストリーミングサービスを何のストレスもなくつかっているだろうか?

僕は、リスナーであると同時に音楽制作者、ミュージシャン、レーベル運営、アーティストマネジメント、プロデュースを行うものとして日々音楽ストリーミングサービスと向き合うなかで、信じられないくらいの恩恵を受けると同時に、びっくりするくらい多くの問題にも向き合っている。

以下では、
現代の音楽にとってマストな存在となっている音楽ストリーミングサービスに関して、リスナー、ミュージシャン、音楽制作者(レーベル、マネジメントも含む)などの視点からその問題点を考える。

これらをまとめるに当たって、いくつかのデータはもちろんのこと、僕の個人的な体験として、実際に自分の作品をストリーミングサービスによってリリースし、その動向を追っていること、またレーベル運営者、音楽プロデューサーとしてディストリビュータ(実際に配信したり音楽を売ったりする人たち)やアーティスト本人とのやりとり、そしてワークショップなどを通じて中高生なども含めたリアルなリスナーの意見などは反映されている。それらにはデータとしての根拠が必ずしも有意であるとはいえないものも含まれるが、実際にそのようなやりとりがあったことは明白な事実であることはここに明記しておきたい。一方で、基本的にはすべての結論が僕個人による「考え」であることは事実だ。

*ここで「ストリーミングサービス」とは、Apple MusicやSpotifyを中心とする音楽系の定額制(主に月額制)サブスクリプションサービス(聴き放題サービス)のことをさす。Youtubeなどは無料でかつ、ストリーミングであるといえるがここではそれに含めず、Youtubeについて触れる際は必ずそれがYoutubeのことであることを明記する。また、「ストリーミングサービス」とは何か、どれは含まれどれは含まれないのかという定義の問題についてはここでは立ち入らない。さらに、僕自身が日頃使用するサービスがSpotifyが6割、Apple Musicが3割、LINE MUSICが1割といった具合になっているので、必然的にストリーミングサービスの中でもそれらに話題が集中する可能性はあるが、それに関してはできるだけ他のサービスでも同様であることを中心にして議題とするつもりである。

まずは
リスナー、アーティスト、音楽制作者、がそれぞれ考えるストリーミングサービスの現在の問題について整理する。
これは僕自身にとっても解決しなければいけない問題である。そこで問題を整理したのちに、現在考えられるそれぞれの問題についての可能な回答をしていきたいと思う。

1.リスナーの思うストリーミングサービスの問題点

音楽リスナーが考えている現在の音楽ストリーミングサービスに関する問題点を箇条書きにしてみよう。

(1.1) どの定額制音楽ストリーミングサービスでも自分の聴きたい音楽が必ずしも聞けない。
(1.2) ストリーミングサービスは有料である。
(1.3) ストリーミングサービスよりもCDあるいはレコードがよい

2.音楽制作者(レーベル、マネジメントなど)が思う音楽ストリーミングサービスの問題点

次に音楽をつくったり、売ったりする側が考えている問題点を考えよう。リスナーと重複する点がなくもないが、これについてはまとめて考える。

(2.1) ストリーミングサービスで配信をするとCDが売れなくなる
(2.2) ストリーミングサービスは利益にならない
(2.3) 違法サービスが蔓延している
(2.4) ストリーミングのプロモーション体制が整っていない
(2.5) ストリーミングサービスはアーティストのつくってきたブランドイメージに合わない

3.アーティストが思う音楽ストリーミングサービスの問題点

アーティストが考える問題点は、もちろん2の制作者の考える問題点と大きくオーバーラップする。ここでは主にアーティストならではといえる問題についても考えたい。

(3.1) ストリーミングサービスは音質が良くない
(3.2) これまでの活動に「加えて」ストリーミングサービスに注力する理由がわからない


さて、
まずストリーミングサービスを使うリスナーにとっての最初の問題は
(1.1) どの定額制音楽ストリーミングサービスでも自分の聴きたい音楽が必ずしも聞けない。
である。

現在、日本国内のサービスを見る限り、有料の定額ストリーミングサービスでは聴けないアーティストの数はかなり多い。
特に現在ヒットチャートの常に上位にいる米津玄師や星野源などのトップアーティスト、サザンオールスターズ、B’zといったような長年にわたって日本の音楽シーンを牽引してきたアーティスト、アニソン系のアーティストの大半などかなりリスナーが多いと思われるアーティストの曲がサブスクリプションサービスでは聴くことができない。

これらのアーティストは特に多くのリスナー、そして潜在的なリスナー(これから聴くであろう人)を持っているから、これらの人たちにとってこのアーティストの曲がきけない、ということは明らかに「ストリーミングサービス」の問題点である。

当然、そのリスナーにとってはこれはそのストリーミングサービスを「利用しない」理由になるだろう。

この問題についての最もシンプルな解決方法がある。

つまり、すべてのアーティストの楽曲がストリーミングサービスで聴けるようになれば解決する。ということである。

実際にここ数年で、少しずつ大物アーティストの音源がストリーミングサービスで解禁(この言葉がストリーミングサービスの中でも普通になってきた)されてきた。
しかし実際にはもちろん多くのアーティストが解禁されておらず、その見込みが薄いアーティストも多いように思われる。
その理由に関してはのちに(2.1)(2.2)のところで見るとして、ここではもうひとつ別の視点を考えてみたい。


Music FMという悪名高い違法アプリがある。
これは無料で様々な音楽が聴き放題というものである。その音源が音楽制作者やアーティストが使用を許可していないものなので、このアプリは違法である。
しかしながら、公的な場でその使用頻度が取り上げられたりするなど若年層を中心に「おすすめのアプリ」に出てくるほどの人気である。

実際に、筆者が行なっている中高生(都内、関西圏の私立中学、高校生)とのワークショップで、非公式ではあるがアンケートをとったところ
Music FMのユーザはかなりの数いて、それらはいくつかの有料定額サービスよりも多いくらいだった。(音楽家である筆者のワークショップに参加する彼らの多くが有料のサービスを中心にほとんどがストリーミングサービスを利用していたことも特筆に値することとは思う)

彼らに
Music FMを利用する理由をきいてみるとその多くが
「聴きたい音楽がここでしか聴けないから」
「Apple MusicやSpotify、LINE MUSICでは聴けない音楽が聴けるから」

というものだった。そしてその聴けない音楽というのは、まさに上記であげたようなビッグネームのアーティストなのである。

以下
(1.2) ストリーミングサービスは有料である。
という問題にも関わるが、
当初、筆者は「学生にとって500円〜1000円」という値段が、つまり有料であることがネックになっているのではないかと思っていた。
たしかにそのようなことを理由にする人もいたが、彼らの多くにとってはその「値段」はあまり問題ではない。
むしろ、聴きたい音楽を聴くために違法アプリを利用している。
逆に、利用しない理由を聞いてみたところ、「聴きたいものはあるにはあるが、違法なものをつかうわけにはいかない」という意見がほとんどだ。(「使いにくいから使わない」という意見などはあまりなかったが、一部「正しい音源」が聴けないから、という理由はあった)
(ただし「値段の数値」は問題ではないにしても、「有料か無料か」というものは学生、特に未成年にとっては問題であるという意見も多かった。それは、有料アプリを使うにはクレジットカードの使用が必要となるため、中高生などが自分だけでそれを登録することが難しいからだ)


例えば、リスナーから

「アーティストを応援するためには違法アプリではなくて、有料の正式なアプリ、ストリーミングサービスをつかうべきだ」

という意見が出たとしよう。この意見は間違いなく「正しい」。もちろんミュージシャンにとっては違法アプリを使われると、本来その楽曲が聞かれることによって入ってくるべき収入が入らないことになる。
しかし、実際には「音楽を聴く人」は「アーティストを応援するために」音楽を聴いているわけではない。もっと単純に「音楽を聴きたい」から「音楽を聴いている」のである。
このような論理を基準にしたときに、「アーティストを応援すること」は「Music FMを使わない理由」にはならないのだ。
(我々の元には時折「Music FMでいつも聴いて応援しています!」というメッセージが届くので、こういった人たちに対して、そんなことをしてもまったく応援にならないよ、ということを伝えるという意味はあるかと思う)

このような違法サービスに対しては、
まず端的にそれは「違法」なので、運営者、利用者ともに取り締まるべきだという考えで臨むべきである。
その上で、このアプリがもっている優位性、つまり「聴きたい音楽がきける」ということを有料アプリがクリアしていく必要がある。


また
(1.2) ストリーミングサービスは有料である。
に関してもう少し考えてみよう。つまり、Youtubeなどで無料できけるものがあるにも関わらず有料である定額ストリーミングサービスを使う理由がない、というリスナーに関する問題だ。
これに関しては、もちろんそのような人でも利用したくなるサービスをできるだけ提供するという手段は講じるべき(その一番の方法は前述通り、聴ける曲を増やすのが一番だ。さきほども述べた通り、値段を安くすることはあまり意味がないし、実際これ以上値段を下げることはあまり現実的ではないだろう。比較する意味もあまりないが、現在の利用料はかつてのCD一枚以下の値段である)

そしてそれ以上は特に問題はない。どんなに美味しいとみんながいう食べ物にもお金を使う人、使わない人がいるのは事実で、生きるのに必須では無い音楽であればそれはなおさらだ。実際には少しでも興味をもった人が入りやすいように、ほとんどの有料ストリーミングサービスがフリーミアムモデルを採用し、最初の数ヶ月は無料でそのサービスを使うことができる。いくつかのサービスをうまくつかえば一年くらいは無料でストリーミングを利用できるのではないだろうか。

次に
(1.3) ストリーミングサービスよりもCDあるいはレコードがよい
を考えよう。

たしかにこれまでCDやレコードなどを収集してきた人、あるいはそれらのパッケージなどにこだわりを持つ人にとって、
ストリーミングサービスでのリリースが中心になることは問題に思えるだろう。
また(3.1)でも述べるが音質の問題もあるかもしれない。

ところで、これはストリーミングサービスを
「利用しない」理由にはあまりなりえないように思う。
つまり、併用することは「CDを大事にすること」と矛盾しない。

ジャケットやブックレット、そのデザインやクレジットのテキストなどCDなどでないとみられないものがあるのは事実である。
これに関しては少しずつ進歩しており、Spotifyなどでは現在アーティスト名や楽曲名、歌詞の他に作曲家まで表示されるようになったりしている。おそらく実際デジタルのデータはもう少し細かい情報が記録されているはずであるし、今後リリースされるものはより細かいデータが表示されるようになるだろう(少なくとも技術的には必ずできるようになるが、そこに経済的なメリットがあるかどうかが問題であり、これはリスナーをはじめとした利用者の希望などが反映されることになるだろう)
ブックレットのデザインが見られなくなる、というのはたしかにそうだが、そもそもレコードからCDなどのそのサイズや形状が変わった時には当然そのデザインが変化したわけで、今もストリーミング用のデザインというものが生まれていくという変が起こっているだけであるともいえる。
それに「これまで手に入れた」ものがなくなるわけではない。すでにレコードはその傾向があるが、CDについても今後は持っていることに価値が生まれるアイテムになるかもしれない。特にそれはデータであるCDというディスクの内容であるソフトよりも、ジャケットやケース、ディスクなど物理的なものに対しての評価になるだろう。

ーーー

さて、次に制作者側からの問題点を考えてみよう。

(2.1) ストリーミングサービスで配信をするとCDが売れなくなる
(2.2) ストリーミングサービスは利益にならない

このふたつは関連する問題であるだろうというのは簡単に予想できる。しかし実際には関連性は複雑である。

(2.1)
での主張は例えば、他にYoutubeなどにあがるミュージックビデオの「ショートバージョン」問題とも関連する問題である。つまり、もしCDの他に「無料」でその音をすべて聞けるものがあれば、それをわざわざ有料で売っているCDが売れなくなるというものである。

さて、この主張はまず論理的には
「検証不能」
である。

いうまでも無いことだが、同じ楽曲の同じリリースに対して「配信もCDも出す」「配信を出さずにCDを出す」を両立させることは論理的に不可能である。だから実際にはどちらのほうがCDが売れるのか、というのはわかりようがない。

しかしながら、実感として、あるいは「これまでのリリースと比べて」といったような方法でこれらを類推することはできる。
それらによると、
これはそれなりに数値の上での事実であるようだ。さすがにレーベルの人間たちも印象論だけでストリーミングを制限しているわけではなく、これらにはそれなりの理屈が存在している。(もちろんすべてがそうとは断言できないが)

つまり全体を無料で公開してしまうとそれを有料で購入する人は少なくなる、というのはまったくの間違いではないのだ。

実際にはストリーミングサービスは無料ではないので、もう少し丁寧に言えば

「ある楽曲をストリーミングサービスで聞くことによって、同じ曲をCDで買う人がその分減る」
ということはないとはいえない。

これについてデータは見せてもらえなかったが、そのような関係性があるから、と実際にレーベルに説明されたことが事実としてあったし、
そもそも私自身もストリーミングで聞ける楽曲のCDを買おうとは思わない。

しかしながら、注意しなければいけないのは、

CDを買う理由は「ストリーミングで聞けないからである」ということだけではない、

ことである。

それは例えば今、邦楽でもっともCDのセールスがある48系グループ、坂道系グループをみればわかる。
彼女たちの楽曲は基本的にすべてのストリーミングサービスで聞くことが可能だ(さらにいえば、かなりの曲がYoutubeでも無料で聴くことができる)

実際にはストリーミングサービスの存在そのものがCDのセールスに関係ない、あるいはむしろ楽曲の認知を高めるという意味ではCDのセールスにプラスになっているという観点はあるだろう。


レーベル運営をする上で、
48グループほどの巨大なセールスと比較はできないにせよ、実際ほとんどの人間は
「ストリーミングサービスによって、アーティストの認知度があがるだろう」ということは理解している。

これは(1.1)の問題で触れたこととも整合性がある。基本的にきかれる機会が増えるのだから、アーティスト側やそれをプロモーション、マネージメントする側にとってもプラスになるはずだ。
ところが、この時にネックになっているのが
「その分CDが売れなくなる」
という問題なのである。


逆説的には
単純な理屈として
「CDが売れなくなった分がストリーミングサービスに流れているのだから、そのストリーミングサービスから減った分のCD売り上げが担保できるのであれば問題ない」
ということになる。
これが実現されていれば、事実上は(2.1)はレーベルなどにとって問題ではなくなる(CDそのものを製造している企業、CDそのものを販売している企業にとっては引き続き問題であるといえる。この点については、例えば筆者はインディーズアーティストやアイドルがCDをリリースする意味について「インストアイベント」などを重視していることなどから、CDの存在意義について別の観点で議論することでカバーしたいが、今回これについて述べるとかなり長くなると思われるので別の機会に譲りたい)

さて次に
(2.2) ストリーミングサービスは利益にならない
である。

この(2.2)の意味は二重にある。ひとつは、今述べたように「ストリーミングサービスがCD売り上げの減少につながる」という点である。
これについては前述したとおりであるので割愛しよう。

もう一つは
「ストリーミングサービスそのものからの利益が少ない」
ということだ。

実際にレーベルやアーティスト本人などの実感として
ストリーミングサービスから入ってくる収入はあまり大きくないように思われる。
実際の分配の割合や値などは正確に公表されていないこともあって計算できないが、
例えば原盤権(音源を制作したことによるそこから入る収入の権利、普通はレーベルがもつ)からの収入は、CDをリリースした時にくらべてだいぶ小さくみえるだろう。
これは確かに、ストリーミングサービスからの利益が小さいように見える。

しかしながら、これは若干のレトリックが働いている。
つまり、これは「ストリーミングサービスによって、CDの打ち上げが減った」という前提がある場合においてのみ、収入の「数字として」そう見えるということでしかない。

先ほども述べたように、実際には「ストリーミングサービスによって、どのくらいCDの売り上げが減ったか」は検証不可能なため、
少なくとも論理的には

我々がえる収入という意味ではCDだけを出していたときに比べて

「CDの売り上げ」+「ストリーミングサービスの売り上げ」
となり単純に増加している。(それが例えわずかだとしても)

ひとまず、ここまでをまとめると

「CDだけでなくストリーミングも公開することによって、売り上げが上がるのか下がるのかは、さらに前提として「ストリーミングを出すことによってCDの売り上げが下がると考える」を前提するかどうかによって、結論がかわる」(lemma1)

ということになる。
この前提部分は先ほどもいったとおり、論理的には検証不可能なため、おそらく机上の議論としては堂々巡りになる。

実はストリーミングを出すかどうかの議論の場、というのに居合わせたことがあるのだが、何度かこの前提を共有していない(あるいはしているのだが、途中で話がごちゃごちゃになる)ことによって、話が全く空回りしているということが現実にあった。


さて、それはそれとしても

「ストリーミングそのものからの収入」をもっとあげるための努力はされるべきである。これは結局のところ、
(2.2) ストリーミングサービスは利益にならない
に対しての別の意味での解決だ。

さて、これについては

①ストリーミングからの配分の割合をあげる
②ユーザーを増やす

という実に単純な2通りの方法が考えられる。

①はストリーミングサービスから、アーティストやそのレーベルに支払われる割合を単純に上昇させるということである。
これは現在決まった数値があるのだから、これをあげるための交渉努力を関係者ベースでするしかない。
もちろん、簡単なことではないが、かといってこれは純粋な利益に直結するし、実感としてももう少しあがってもよいように思う。

②はつまりストリーミングサービス全体利用者の母数を増やすことである。当然利用者が増えれば使用料の全体も増加することになる。そうすれば、①の割合が変化しなくても「ストリーミングからの収入」の全体が増加する。
さて、これを実現するためには当然そのサービスがより多くのひとにつかわれるようなものになる必要がある。(当たり前だ)
そのために、レーベルサイドができることといえばまずは
「楽曲を充実させること」
となり、(1.1)(1.2)であつかった問題に直接リンクする。

だから、多くの人がそのストリーミングサービスを利用したくなるアーティストの楽曲が聴けるという条件が整えば、基本的にはユーザーは増加し、そこからアーティストやその運営に入ってくる収入は全体として大きくなる。

tofubeats氏の発言は、もちろん「音楽的に」という意味と同時に母数を上げるという意味でも真理であると言えるだろう。ただしこれに対しての反論としては、

各アーティスト毎でみたときにはやはり得をしないと思われるアーティストもいるのではないかということだ。これはまさにlemma1の前提をどう考えるかということに関係している。また(2.4) (2.5)などの問題が考えられるだろう。

(2.4)の問題は現実的にはかなりクリティカルである。実際にそのような悩みをもっている現場は多い。

しかもこれが、「ストリーミングのプロモーションの体制が整っていない」→「であればすでにやり方が整っているこれまでのリリース、つまりCDのリリースに注力すべきである」となり、その「理由づけ」として例の(2.1)などが使われ、またlemma1の議論に戻ってしまうことになる。

しかし前述したとおりこの

「ストリーミングを出せばCDの売り上げは下がる」

あるいは

「ストリーミングを出せば全体の売り上げが下がる」

という前提を置かなければ基本的にはストリーミングを出すことは単純にプラスなのであり、また現実としての「CDの売り上げは全体として下がっている」ということを考えれば当然取り組むべき課題である。

ここまで考えると、これらは実際には

アーティスト単位で、あるアーティストがストリーミングを解禁するかどうか、という問題意識ではあまり前進しない問題であることもわかる。もちろんひとつひとつが問題の解決に関わることは関わるだろうが、上で書いたようにひとつひとつの利益というレベルでは、もちろん利益が出ないところ、大きいところ小さいところが現れてしまう。だから数多く言われているように、これらには音楽業界全体として取り組むしかない。そうでないと各論としての「反論」に対抗できないことになる、あるいはlemma1の堂々巡りに突入するということになるのだ。この前提を持つ持たないに関して今はどちらともいえない、という態度が音楽業界全体に蔓延しているため、全体としてはストリーミングに関しての明確な先行きがみえづらいということになる。

(2.6) アーティスト単位でのストリーミング解禁などだけでは、ストリーミングに関する根本的な問題は解決しない。


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さて、あとは

アーティスト側からの視点についても考えてみよう。

(3.1) ストリーミングサービスは音質が良くない
は確かに事実である。もちろん何と比べるかにもよるが、基本的に再生環境の大半がスマホであることも含めれば、CDなどよりも音質は悪くなるだろう。

しかしこれは程度の問題でもある。

つまりそういったことにこだわるアーティストにとってはあくまでもストリーミングは音源をきいてもらう「機会」であると考えればいい。逆に、どうしても音質の低い音源を聴かせたくない、ということにこだわる場合はもちろん現状のストリーミングサービスを利用すべきではない、ということなる。これは選択の問題であり、CDを出さないアーティストもいるのだから自由であるべきである。

私としては、音質はたしかに事実であるとは思うものの、実際にはほとんどの音楽家にとってはそれは2次的な問題である。と考えている。というのは、我々は確かに高音質、最高のリスニング環境で聞かれることを前提にして音源をつくるべきだし、できればそのような音響で聞かれてほしいと考えることは自然なことだが、だからといってそれをリリースするかしないかというのは、その音質そのものと関係する問題ではない。

(3.2) これまでの活動に「加えて」ストリーミングサービスに注力する理由がわからない

こちらはどうだろうか。これまで議論したように、CDの売り上げがストリーミングによって落ちるのなら、利益率の問題でストリーミングに注力すべきではないというのはわからないでもない。しかしこれは何度もいうように、検証できない前提をおいた場合の話だ。

たとえば、

筆者がプロデュースなどを担当するフィロソフィーのダンスというグループは一年半ほど前にSpotifyのバイラルチャートで1位を獲得した。1位をとるために実際にやったことは端的に言えば「アルバムのリリースに向けての通常通りのCDプロモーション」+「一曲のみ一週間前に配信リリース」ということだけである。これによって、その一週間はやくだした楽曲が1位になった。そして1位になるということの効果はかなり大きかったといえるだろう。まずストリーミングサイト内で、かなりプレイリストに入るようになった。また宣伝文句としての「バイラルチャート1位」には、数値化できるできない様々な価値がある。少なくとも我々の実感としてはCDの売り上げにもプラスになったように思えるし、ライブの動員に関しては間違いないだろう。

インディーズアーティストにとっては、少なくとも大きなチャンスがここにはあったということだ。

Spotifyに関して言えば、Spotify for Artistなどのアーティスト活動を支援するサービスがSpotifyから無償提供されており、これによって実際にリリースした楽曲の動きなどをかなり正確に分析することもできる。筆者もレーベルとして担当しているアーティストに関してはこちらを具体的にチェックしており、これらはYoutubeのチャンネルなどの分析などとともに個人レベルで活動するアーティストに限らず中・大規模クラスのアーティストにとってもかなり重要な資料になるといえるだろう。また、ストリーミングサービスはSNSとの親和性が高い。TwitterやLINE、Tiktokなどを頑張っているのにストリーミングでまったく曲がきけない、聴ける気配もないということになると実際にはかなりの機会を損失しているといえる。


以上、ストリーミングをめぐる自分の周辺で問題になっていることと、それに対する回答をまとめた。ちなみにいうまでもないので、特別言及しなかったがこれらの問題は主に「日本国内」のみでの話である。それがどういう意味なのかはまた別の問題でもある。


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