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作詞解説短期連載 第四回 寺嶋由芙「ぜんぜん」

寺嶋由芙「ぜんぜん」

作詞・作曲:ヤマモトショウ 

編曲:rionos


 世の中にある歌詞やタイトルの分析をするのが好きだ。作詞家なのだからまあ当たり前のことだと思うかもしれないのだけれど、例えば「タイトル」の単語や文章が歌詞の中でどの部分に出てくるのか、という点で曲を分類するのがなかなか面白い。

 定番はやはり、サビの頭とか、サビのおわりだろうか。前回テーマにした拙作「メイクキュート」もサビの最初に「メイクキュート」と言っている。日本のシングル売上歴代トップ30あたりをみてもSMAP「世界に一つだけの花」、米米CLUB「君がいるだけで」CHAGE&ASKA「YAH YAH YAH」、安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」など枚挙にいとまがないし、90年代のBeing系アーティストのヒット曲はサビ冒頭の文章一文をタイトルにしたようなものが多かったのは、周知の事実だろう。またサビおわりならCHAGE&ASKA「SAY YES」、KAN「愛は勝つ」、Mr.Children「innocent world」などこちらも多数だ。

 他に多いのはAメロ冒頭などだろう。尾崎豊「I LOVE YOU」などが代表的だろう。もちろん、曲中にタイトルがでないものも多く、変則的にBメロや、Dメロ(大サビ)ではじめて登場するというパターンも曲のストーリー性に絡むもので面白い。

 さて、そんな中でも僕がかなり好き、だけどなかなか自分でつくるのは難しいなと思うパターンがある。それは、
「Aメロ冒頭と、サビ冒頭に二回ともタイトルの単語が出てくる」
というパターンである。
 ヒット曲でいうとレミオロメン「粉雪」、FIELD OF VIEW「突然」などがある。

 寺嶋由芙「ぜんぜん」もそんな形式の曲である。(そういえば「突然」と語感が似ているが、これは作っている当時はぜんぜん気付いていなかった。そもそも「突然」はAメロとサビの「突然」のメロディの使い方も驚くほど違う、かなり特殊な曲であると思う。自分にはまだあんな曲はつくれない)

 いまでこそ僕には、アイドルの曲をよくつくっている作家、というイメージがあるかもしれないが、実際にアイドル楽曲として依頼されてちゃんとつくった曲はこの曲がほとんどはじめての、つまり一曲目といってもいいのではないかと思う。
 そしてこれも、いまでこそ寺嶋由芙という人がどんな人なのか、少なからずしっているつもりだが当時は打ち合わせで一度、その前のグループ時代に一度だけ対バンであったことがあるくらいだったし、どんな曲が求められているのかもよくわからない(いい曲を、という打ち合わせだった)。そのころゆっふぃーはニコ生か何かで配信をやっていて、僕はそれをみながらギターを弾いていた。意外だった。実は彼女のイメージは僕が思っていた「アイドル」とは違って、しかしむしろ昔思っていたアイドルの姿だなと思ったのだ。おそらく僕はそのころ妙に地下アイドルの文脈に詳しくなってしまっていて、例えば「うてる」曲をつくるのがよいのではないかと思ってしまったりしていたのだ。しかし本来アイドル楽曲というのはもっと、その人の魅力を発揮しつつ「人に恋をさせる」曲であってよいだろう。ゆっふぃーの配信をみて、自分が不思議な思い込みの中にいたことに気付いた。

「全然」という言葉は、その成り立ちに紆余曲折がある。おそらく元々は「ぜんぜん〜ない」という否定の形で使われる言葉なのだが、明治期では、例えば漱石の使用をみてみても「ぜんぜんよい」のように「とても」とか「完全に」とかの意味で使われている。しかし、また今は「ぜんぜん〜ない」のほうの意味で使われるのがほとんどだろう。
 この不思議な変遷が、自分のアイドルに対する思い込みの変遷と何か重なって見えた。

それで、全然好きなんです

この歌詞は、つまり「とても」好きだ、という意味になるのだろうが、これを最終的に

それで、ぜんぶぜんぶ好きなんです

という歌詞で、回収することによって、自己完結的にこの「全然」の用法を説明している。さすがにこれはちょっと自分の仕事としても「若いな」と感じざるをえないのだけど、それもそれで「はじめてのアイドル曲」という感じだ。
 実はだからこの曲の歌詞は、僕がアイドルに対して思っていたことと、これからゆっふぃーがどうなるのだろうか、ということをあわせてかいた曲なのだ。ぼくはアイドルのことを実は「ぜんぜん」知らなかった。

 まだ肯定にも否定にもなりそうな
 言葉の途中でとまっているみたい
 まだ全体にも部分にもなりそうな
 定義に夢中で困っているみたい
 まだ練習にも応用にも挑めない
 最初はそうでしょわかっているみたい

 そういえば、「うち曲」(つまりコールなどが入ってもりあがるアイドル曲)のつもりなくつくった「ぜんぜん」だが、ライブではちょっと驚くくらい盛り上がる。これも、また面白い体験だった。え、こんなことがおこるのか、

 だからぜんぶぜんぶ、楽しみです。

 

作詞解説第五回(最終回)は

SHE IS SUMMER「待ち合わせは君のいる神泉で」

の予定です。

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